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                          思い出の選手(鯨&星)
   
  私が野球を見始めた頃のオーダーは大体こんな感じです。1番センター中塚、2番ライト江尻、3番セカンド シピン、4番ファースト松原5番 レフト 江藤、6番サード ボイヤー 7番 ショート 米田 8番キャッチヤー 伊藤 9番ピッチャー 平松 これがベストだと思ってました。とにかく打つけれど、ピッチャーがいないそんな感じが長い間続きました。ローテーションなどという高級感あふれる言葉がチームに定着するまで何年もかかったという風に思います。それでもシーズン前の順位予想は常に優勝でした。しばらくして長崎、山下大輔、斉藤明雄、門田、遠藤、屋敷、田代、高木豊、高木由、福島、高橋重行、基、、金沢、加藤博一、若菜、レオン、トレーシー、欠端、山崎、ポンセ、ミヤーン、新浦、パチョレック、盛田、レイノルズ、マイヤー、シーツ、ブラッグス等々が加わり98年優勝メンバーへとたどり着きます。そんな子供の頃のヒーローを含めた選手紹介。まあ暇つぶしにでもよってくださいな。


                        第1回  松原 誠

 私はこの人のおかげで大洋ファンとなってしまったのです。ちなみに子供の頃この人の影響でファーストを守り(最近外野追放されましたが)他の守備位置からは逃げていました。(足が速かったのでセンターとか守ることも多かったですが・・・)。同世代や上の世代の方達は松原選手の守備の物まねをされた人もいるかもしれませんね。思いっきり足を広げ伸ばしキャッチする。下半身が柔らかかったのですね。王選手がいたからこそなかなか表彰されることも無かったですがもし王選手がいなければ日本を代表する一塁手としてもっと日の光を浴びていたことでしょう。もともとはキャッチャーでしたが飯能高校から巨人にはいりそれからファーストへ転向、大洋へやってくる。ホームランランキングはいつも5位ぐらいだったような感じがいつもしていた。(王、田淵、長島、なんかが全盛期だからどうにもならなかったでしょうね)それでもオールスターにでること11回大洋、横浜大洋、横浜という長い球団の歴史でも他に類を見ない評価だと思います。田代を除けば小粒の選手がどういうわけか多いようなきがするけれどもそれはおそらく当たっているに違いない。最後は巨人へ戻り引退。2000本安打達成。長崎を首位打者に育て、最近は広島カープで若手選手を育成する。ようやく久しぶりに古巣復帰。伸び悩む若手選手たちをしっかり育て、次の監督をぜひともお受けいただきたい、というのは私の妄想かな?いずれにせよこの人への期待は大きい。

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             第2回  斉藤 明夫

 いやあ、怖い人です見た目が。だけどコーチ時代乱闘の時に(盛田のシュートが切れ味よすぎで当てまくっていたときです)一番回りに抑えられていましたね。この人のような度胸が服を着て歩いているような投手がいればそこそこ成績にチームはなるかもしれません(だったら優勝してるはずだが・・・・・・・・)新人時代、わけのわからないスローカーブとひょろひょろ速球で押さえまくる、巨人は完封してしまう。先発から抑えに転向しても度胸で抑える。相手が誰であっても逃げない。ヒゲとめがねの奥で光る怖いまなざしで押さえ込んでしまう。横浜の投手にはヒゲが似合う。デニーもヒゲつけろ。秋山ー山下ー平松ー斉藤ー遠藤ー隆ー三浦と来た系図を考えるとやはり今ベイスターズに必要なものは男気と気合ですね。大阪商大出身。ドラフト1位。確か入団会見は学生服。髪の色や長さを気にする前にこの男の根性を見習おう。

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